かしこいに

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準強制性交等被告事件(無罪) 岡崎支部H31.3.26について思ったこと

 

 

 

okumuraosaka.hatenadiary.jp

 はじめに

まず断っておきたいのは、私は学問に関しては素人であるということです。
法律の知識は法とは全く関係ない学部でちょろっと法律を勉強しているだけで、専門知識は殆どありません。判決文も全くと言って良い程読んだことないです。法律上では問屋(とんや)を問屋(といや)と読むことしか知りません。それに精神医学についても心理学及び臨床心理学についても同等に専門知識はありません。

既に反証されていたり間違ってたり同じこと言ってたり何言ってんのって思われるしれませんが、それでも感想として書き残しておきます。しょーもない駄文とでもなんでも思っといてください。

 

・強い離人状態とは言えない


 

www.msdmanuals.com
離人状態について上記のリンクの文章を読んだこと以上のことは分からないですが、「抗拒不能状態の裏付けとなるほど離人状態に陥ったものとまでは判断できない」ってどういうことなんでしょう。「離人状態になってないということは抗拒不能とはいえない証拠になる」ということになっていますが、これは広く言うと「精神状態が一見普通に見えればそれだけで抗拒不能ではないと言えることになり被告が無罪になることに有利になる」可能性があるということでしょうか。
判決文にもある通り弟たちや友達に迷惑をかけたくないとか、経済的な負担を強いたとか、被告人に要求された家事等を十分にこなせなかったとか、そういう負い目として自身の内に溜め込んでそれを悟られないようにしようとしていたりで、それでそこまで症状が強くないように見えているだけで、実際は心理的に支配されたまま、という可能性も考えられるのではないでしょうか。そういうところまで汲み取ることはできなかったのでしょうか。
症状が強くないから証拠としては扱えないっていうのはよくわからないです。症状が強くなくても「うんたらかんたらの経緯があって余り症状は重いものではないように見える言動行動を取っているが、それでも従属を受け入れざるをえないような状況に陥ってたことに変わりはない」みたいな。都合が良すぎるでしょうか。詳細に調べて柔軟に解釈して有罪になるのに有利な証拠として扱えるようにはならないのでしょうか。
小さな抵抗が少しでもあったらもうそれで抗拒不能とは認められないのでしょうか。ハードル高くないですか。

 

・小学校卒業後暴行は殆どなかったから暴行を恐れて性行を拒めなかったわけではない

→「殆どなくなったのだから拒めたであろう」とは横暴ではないでしょうか。むしろ小学校在籍時に暴行を受けて痛い思いをしたからこそもう暴行をされたくないからと自分から支配に屈さざるを得なくなったと考えるのが自然だと思います。どうして「暴行がなくなったからもう大丈夫、抵抗できる」ということになるのでしょうか。
暴力の傷跡がそう簡単になくなるなんてことはないでしょう。幼少の頃から虐待を受け、身の危険を、命の危険を、将来の危険を感じて、抵抗したら自分の命すらどうなるか分からないと思い知らされて、どうしてそれが小学校卒業後暴力がなくなったというだけでなかったことに、抵抗できたはずだと判断できるのでしょうか。結局支配に屈しようとせず抵抗しようとしていたらまた暴力をふるわれるのがオチでしょう。助けを求めたのもばれたらどうなるのでしょうか。
ですから聞き分けが良くならざるを得なくなったと考えるのが自然ではないでしょうか。それに家族に対する経済的負担をさせたり、弟や友達にも迷惑をかけたくない等、色々と理由があってそうせざるを得なかったというのもあるでしょう。
それでも抗拒不能とは認められないのでしょうか。やっぱりハードルが高くないでしょうか。

 

 

・性行することを拒めなくなるほどの強度の暴行は受けていない

 →拒めなくなるほどの暴行の基準って人によって違うし、おおアザ等の跡ができているのに抗拒不能ではないというのは中々難しいのではないでしょうか。殺される直前ぐらいにまでならないと抗拒不能にはならないのでしょうか。ものすごい力で暴行を受けているはずです。抵抗し続ければ体中にあざだらけ、骨も砕け内臓も損傷させられるという可能性、逃げてもお金もないしいずれは捕まえられて復讐としてまた暴行されるかもしれない、通報したという事実がばれたら警察が来る前に復讐として暴行されるという可能性等、周囲に迷惑もかけたくない、警察に行けても何度も二次加害を受けることになるかもしれなくてそれが嫌だ、などもはや抵抗することは自分がどうなるかわらかないし周囲にも迷惑をかけるということで無意味と判断して諦めて言う事を聞くようになることは自然だと思います。
親子関係という圧倒的権力を幼少より支配や虐待及び性的虐待の為に行使しているということは抵抗しても無駄だという刷り込みを何度もしていたでしょう。

 

 

 

 

判決文中にあった専門家の鑑定では抗拒不能だとしています。しかしなぜその意見を退け裁判所が独自に判断を下したのか。「あれ、専門家は抗拒不能としているのになんでそれをそのまま認めないんだろう。なんだかなあ。」と疑問に思ってました。上記のツイートの通り専門家の意見を退ける理由、そしてそれの基になる専門家による知見の提示が不可欠でしょうが、客観的に納得できる説明はありませんでした。

 

・学校の費用の負担をさせたり、被告からするよう言われた家事等を十分にできなかった

→費用を負担させたから仕方ない、親に言われたことを出来なかったから仕方ないっていうのはあくまでAさんが負い目として感じていたということであって、被告人に対して有利に働くようなことではないと思います。なんならそうやって負い目を感じさせることでより支配を強めることができたはずで、むしろAさんが抗拒不能だったことを証明するのにより有利に働くような証拠ではないのでしょうか。
親に対して不利益を被らせたからといって性的虐待を受けたのは仕方ないというのであれば、それっぽいこじつけでいくらでも性的虐待を加えられる証拠ができるのではないでしょうか。

 

・アルバイトで8万円の収入があるから、監護権を持つ被告人の意向に逆らうことが全くできなかったとは言えない

→「全く逆らうことができない状態とは言えないからそのお金で家をでるなりで逆らうことができたはずだから」というのは乱暴ではないでしょうか。家を出ることがどれだけ勇気と力がいることか分かっているのでしょうか。手っ取り早い手段は友人の家でしょうが、まず泊まらせてくれるかどうか、そしていつまでもい続けるわけにもいかないでしょう。まさか野宿をしてでも逃げろとは言わないでしょう。しかし、昔からの差別に「男性は特に何もしないけど女性は差別に対して死ぬ気でもって反抗するべきだ」というものがあります。そういうことでしょうか。家を借りることは単独で年齢的にも金銭的にもできず、どうしようもない。一人暮らしの為に住居を変えようが親の同意が必要でその時知られるので、連れ戻されることはなくても性的虐待を受け続けることは目に見えていますし、まず親が性的虐待の為に一人暮らしをすることを許さずに手元に置いておこうとすることも目に見えています。

https://blog.ieagent.jp/hitorigurashi/miseinenhitorigurashi-59515

↑未成年の方が部屋を借りるには親の同意が必要です。

つまり家を出るとなるとネカフェや公園等不安定な場所で生きざるを得なくなるでしょうし、居所を知られたり連れ戻されたりしたら復讐や罰として暴行され性的虐待の頻度が上がるかもしれないという極めて高いリスクを抱えてでも、家出をして逃げないいとおかしいとでも言いたいのでしょうか。
非現実的ではないでしょうか。
諦めて服従するしてできる限りの安全を確保すした方が賢明ではないでしょうか。

そして過去に公的機関に相談しようとしていたこともあることについて、公的機関に相談すれば直ちに父親との関係について安全と言えるレベルになるまで保障される訳ではないので、当然かなりの恐怖が付きまとうでしょう。相談したことがばれたら復讐されるかもしれないし、代わりに友達が相談してあげた場合もその友達が何をされるかわからないといった恐怖もあるでしょう。そして相談して事が動いても何かと理由を付けられて公的機関やAさんが言いくるめられて何事もなかったことにされ結局虐待を受け続ける日常に戻るかもしれないし、そこそこ上手くいっても不起訴になるかもしれない、等、上記のことを考えていたかどうかは分かりませんが、考えていてもおかしくはないでしょうし、そもそも公的機関に相談や届け出に行くにはかなりのパワーが必要でしょう。ですから相談や届け出を諦めたことについてもそれだけ従属盲従状態であったり、疲弊していたともいえるのではないでしょうか。

そして「弟たちに迷惑がかかるかもしれない」と証拠として挙げられた思考の断片についても、自分が我慢すればそれで良いかのような従属盲従状態に陥ってたことは明白でしょう。

 

「被告人がAの人格を完全に支配し,Aが被告人に服従・盲従せざるを得ないような強い支配従属関係にあったとまでは認め難い。」

以上の事から、服従・盲従せざるをえないような支配従属関係にあったと認められないことについて冷徹で残酷だと思いますが、どうなんでしょう。

 

 

 

 

keiji-pro.com

→強制性交等罪、準強制性交等罪、監護者わいせつ罪、監護者強制性交等罪について

 

news.yahoo.co.jp

 

http://www.gender.go.jp/kaigi/senmon/boryoku/houkoku/pdf/hbo07s-10.pdf

→昔で言うところの強姦罪や強制わいせつ罪の起訴率は大体50%です。不起訴の内容については前者が嫌疑不十分が半分くらい、後者が告訴取り消しが7、8割程度。
取り調べ等様々な苦難を乗り越えてやっと起訴直前まできたのに嫌疑不十分で不起訴になる割合が全体の2、3割もあります。

 

https://www.npa.go.jp/toukei/seianki/H29/h29keihouhantoukeisiryou.pdf

→平成29年度の刑法白書

 

www.npa.go.jp

→被害態様別被害申告率という正確な数字で統計として把握できるものですら性的事件については7割ほどが届け出なしとなっていますが、無回答も含めると8割を超えます。届け出なしだけを見ても全項目中で一番比率が高く、やはり性的事件がいかに警察に届けるまでのハードルが高いかの裏付けとして有効でしょう。推測ですが、おそらく現実では9割以上が届け出なしなのではないでしょうか。

anond.hatelabo.jp

→この記事からも分かる通りもはや警察に届けることについては論外と判断しているケースが多いのではないでしょうか。

 

hakusyo1.moj.go.jp

→痴漢と盗撮の再犯率が突出して高く、それより下ではで強制わいせつ小児わいせつが同程度。痴漢と盗撮については国や企業による対策が依然としてあまりなされていない現状がやはり再犯のしやすさに寄与しているのでしょう。例えば満員電車やトイレはあまりにも典型的なパターンでしょう。女性専用車両という専用の区域を作ることは一定程度効果があるようには思えますが、他の統計も併せて見てみればまだまだ対策が足りないことは明瞭でしょう。
再犯率の高さから見て、痴漢以外については半数もの再犯者の再犯期間がおよそ500日以上もあるというのは、それまでにも認知されていない犯罪を積み重ねてきてやっと逮捕されたからそういう数字になっているという可能性は否めないでしょう。痴漢の再犯期間が短いことについては、短期間のうちに犯罪を反復しており、痴漢しやすい環境がありそうではあっては比較的検挙されやすくもあることから再犯期間が他と比べてかなり短いのでしょう。
「何らかの計画性や,事前に犯行に関連するような性的な思考や空想が認められた者」が再犯者の89.4パーセントを占めることもあり、それを逆手にとって犯行計画を根本から立てられないような環境を構築することが重要でしょう。
そして動機について、最上位の「接触欲求充足」が圧倒的に選ばれている。自身の欲求を満たすために女性の人権を侵害して満たす割合が圧倒的に高いということについて、日本の人権教育が普遍的に浸透していないことを証明する一つの有益な証拠でしょう。
このことからもやはり人権教育、ジェンダー教育等、日本に蔓延っていた差別を直視し批判しこれ以上の差別は許さない旨を教科書に掲載したりかつ教育政策として組み込むことが長期的視点に立った場合必要でしょうが、教師の給料、激務、時間不足、人手不足等現状を踏まえて考えると、中々厳しいのでしょうが、その辺りの構造についてもどうにかしないといけないのでしょう。そのあたりの構造の具体的問題等の勉強はあまりしていないので、今後していきたいですね。

news.yahoo.co.jp

→休憩を取ることが前提になっていないという時点で相当ブラックなことがうかがえますし、学校はブラックな職場としてよく記事になっていますよね。

映画「ディスコネクト」感想【ネタばれしかない】

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あるのは現実というカオス。
解決も解消もない。ただひたすらにあらゆるものが複雑に入り交ざり、ぐちゃぐちゃに混ぜられ、カオスという現実となる。

 

以下映画内での人物の行動を時系列に沿わずにテキトウに。

少年を自殺へと追いやった探偵の息子は親に愛されなかったことが根幹にあった行動であり、フライも同様だろう。その父は探偵としての技術を活かして息子の反抗の証拠を隠滅。

自殺した少年の父は自身が弁護士であるにも関わらず躊躇なく不法侵入、器物損壊、障害罪、暴行罪を働いて探偵に襲い掛かった上、探偵の息子もゴルフのドライバーで殴った。少年の姉は「何もしてやれなかった」と泣いていた。

PTSDを抱える元海兵隊員で現在小売業者に努める夫の妻は一人目の子供がおそらく流産で、その後の夫とのコミュニケーションが上手くいかず一人で悩みを抱え込みそれをネットにぶつけるもそれを逆手に取られ詐欺にあう。そしてその夫はネット詐欺の調査を探偵に依頼し情報を掴み、犯人の住所を突き止め、直接犯人に追及しようとする直前に、PCを遠隔操作されている被害者だと通告された。しかし感情を抑えきれずにその’’元’’犯人に怒りをぶつける。

PCを遠隔操作された人は妻を病気で亡くしていた点以外では普通の人だった。口座の明細の詳細は見ていないのだろう。そのクラッカーは借金返済の為にクラッキングを行っている。何か大きな借金をしてしまい、そのついでにポルノやほかの物も買っているのだろう。

テレビ局に努める女性は未成年の性的搾取に関するリポートを通じて取材相手の少年を助けようとするも、FBIに良いように利用され、結果的にその少年に利用されたと思われてしまって、消息を絶たれてしまった。その少年も親に愛されず、一度裏切られた身であるのに、また裏切られてしまった。

 

誰も幸せになどなっていない。全てが悲哀に満ちている。救いはどこにもない。しかし、これでも現実よりかは単純でさっぱりしていると感じてしまった。それほど真の現実はもっと混沌としているのだろう。その中で、私はどうやって生きていけば良いのだろう。この劇中何度も私は悲哀に満ちた様相に心が揺さぶられ、何度も泣きそうになり、実際泣いた。

ただ言えることは、これからも混沌の中でもがき、苦しみ、悩み、泣き、怒り、叫び、疲弊し、憔悴し、時には喜びや楽しみを感じて生きていくのだと思う。

ゲーム配信で顔出ししたい人の為の考察記事

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はじめに


ゲーム配信において自身の顔を配信に乗せるかどうか、悩んでいる方は多いと思います。
実際最近私もリスナーさんから顔出しをしないのかと聞かれ、どうしようかと悩んでいました。

そこでこの記事では私が配信で顔出しについて考えていることや、私ならこうするといったことについてまとめて書いていこうと思います。既出の事が多く、また捉えることができていない側面も多数あると思いますが、この記事は私が考えたことのメモ帳的な要素もあるので大目に見てください。

 

顔出しについて

現実での一対一の会話に一歩近づく


ゲーム配信での基本的なコミュニケーションの形態はかなり特殊です。つまり

視聴者=文章のみ 配信者=声のみ

という、そもそもコミュニケーションの為の媒体がお互いに違っているという状況なのです。この場合、視聴者は配信者の表情、視線、目線など細かな情報を知ることはできず、発言内容と声のトーンのみで相手の意図や心情を想像しなければなりません。そして配信者はコメントの文面だけで視聴者の心情や意図を理解しなければなりません。
つまり、この形態はお互いにとって円滑にコミュニケーションをとるにはかなり難易度が高いのです。
その難易度を低くするという意味で、配信者が顔を出すということは非常に有効です。つまり

視聴者=文章のみ 配信者=概ね現実と同じ

になり、現実での会話に一歩近づくことだできるのですから。視聴者は配信者の表情、姿勢、目線など、相手の姿を直に見ないと分からない情報をカメラ越しに知ることができます。それと「おおよそ」と書いたのは「カメラで映された顔を見る」のと「現実の相手を目で見る」のとは違いがあるからです。カメラはある一定の視点からでしか見ることができないのに対し、私たちは顔や体を動かし視点を変えて相手の情報を得る為の動作ができます。その意味で「おおよそ」と付けました。


ここまでで、現実に近づくというのは一見メリットばかりに見えますが、当然デメリットもあります。


コミュニケーションの形態が現実に近づく訳ですから、現実でのコミュニケーションが苦手な方にとっては顔出しはあまり良くないものである可能性は十分にあります。

表情、姿勢、目線等の情報を与えるということは、言い方を変えれば「配信者という自身とは違う他者という存在を視聴者により一層感じさせる行為」とも言えるのです。声だけという状況では、声以外については視聴者が勝手に想像したり、そもそも知りようがないわけですから、配信者の存在を直に感じることもなく、気軽にコメントができるのです。実際私も顔を出しているところでコメントするのは苦手です。特に配信者の顔を怖いと感じた場合尻込みしちゃいますし、怖くなくても少し苦手意識があります。

ですから顔出しによってコミュニケーションの形態が現実に近づくことについて、喜ばしいと感じる人もいれば息苦しくなる人もいるということを頭に入れたほうが良いと考えています。

 

 

顔出しという差別化が行われる

他者との差別化を図るという点において凄く理に適っています。

今の時代では顔出しは一般的になりつつあり、そこまでリスクのある行為ではなくなりました。しかしどれだけ顔出しが一般的になっても、顔出しの心理的ハードルはかなり高いものです。自身の顔が受け入れられるかどうか、視聴者に「きもっ」「ぶっさ」等悪辣なことを心の内で思われるのでは、顔のキャプチャーをされて悪用されるのではないかと疑い、怖い思いをするかもしれないなら顔出ししない方が良いと考えるのは至極真っ当なことです。そしてその通りなのかはわかりませんが、やはり今の時代でも顔出しをしない人は相当数います。ですから顔出しをするというだけでかなり有力な差別化を図れるのではないでしょうか。

 

顔出しをする層でのさらなる差別化を図る


前項で顔出しをしない人が相当数いると書きましたが、当然顔出しをしている人も相当数います。ですからそこからまたさらに差別化をしていく必要があります。差別化を図れる具体的な要素とそれらの対応策を列挙してみます

ウェブカメラ

→ノートパソコンの場合ですと最初から内蔵カメラがあるとは思いますが、基本的には余り良いものではありませんので新たにウェブカメラを買うのが無難だと思います。といってはピンからキリまであるので、財布やPCスペックと相談して決めましょう。

私ならc920rを買うと思います。安価なものが出回っている中この商品は値が張る方ですが、とりあえずこれ一台買っておけば間違いないという性能です。それにUE900SとG300Sを使っているロジクール党でもありますからね。 

それと位置調整の為に三脚を買うのもありかもしれません。

 

背景

本来顔を映す為の顔出しですが、何かアクセントになるものがあると良いかもしれません。

そういえば誰かの配信でアクアリウムを映している人を見たことがあります。そういう風に例えば後ろに本棚を置いたり後ろを窓があるところにして外の風景を写すのもありかもしれません。本棚なら本についての話題、例えば「普段どんな本読んでるんですか」とか「何かおすすめの本ありますか」などと視聴者が振ってくれるかもしれませんし、風景については特に自然環境を映せれば視聴者にリラックス効果を与えられたり、田舎な感じの背景を写していれば「後ろ田んぼばっかりですね~」みたいな感じに視聴者がネタ振りをしてくれる可能性を作れます。

顔の美醜

当然顔出しですから顔が映りますよね。

顔と言えば美醜、つまり「かっこいい」「かわいい」「きれい」「ぶさいく」「きもい」とかのお話がどうしても切っても切り離せなくなってきます。

しかし、生まれ持った骨格は整形でもしない限りどうしようもありません。ですからとりあえず自分の努力でなんとかできる「清潔感」に気を使っていればいいのではないかと思います。清潔感を意識していればブサイクとかキモイとは言われにくくなるはずです。

「じゃあ何が清潔感を感じるのか」についてですが、「歯が白い」「歯に食べ物の残りかすが付いていない」「髪を整えている」「肌が乾燥もギトギトもしていない」「ニキビがないもしくは少ない」「髭のそり残しがないもしくは整えている」「二十顎じゃない」

など、至って誰にでもできることです。清潔感についてはネットで調べればいくらでも記事が出てきますのでそちらを参考にすると良いと思います。

↓ネットで調べればいくらでも出てきますが一応の参考として

matome.naver.jp

表情

清潔感はOK!

しかし表情筋を全く動かさず何の感情も表さないというのは、せっかくの顔出し配信がもったいないと思います。ですから笑顔を作れるチャンスができたらちゃんと笑顔になりましょう。笑顔は人を惹きつけます。笑顔は良いことづくめですからね。

↓参考までに

visionary-mind.com

そしてできるだけ怒った口調で喋らないようにしましょう。そうすると怒った顔も配信されますからね。凄く近寄りがたい雰囲気になって人が離れていきます。ですからできるだけ怒りは心の内に秘めましょう。

根本的なことを言えば意識と考え方を変えてできるだけ怒ることそのものをやめた方が良いのですが、とりあえずの手段としては怒りを顔に出さないように訓練しましょう。

撮影方法

 

あとは撮影方法を吟味して良い被写体を良い角度で映すだけですね。と言ってももはや「参考記事をあげますのでそっちを見てください」としか言いようがありません。どの角度がかっこよく見えるからは人それぞれですからね。ウェブカメラの項でも書いたように三脚で位置調整する良いですよ。

 

googirl.jp

 

smartlog.jp

 

 

 

「声だけ」以上のコミュニケーション能力が求められる

 声だけであれば当然声さえよければ良いわけです。

どれだけ苛ついていても、どれだけ変な顔になっていても、どれだけ悲しくても、顔を見られていないわけですから、自身が抱いている心情とそれからくる表情をできる範囲内ではありますが声で誤魔化すことができます。つまりコミュニケーションの流れをコントロールしやすいのです。

しかし、顔出しありだと当然表情が視聴者から見えてしまいます。ポーカーフェイスがよほど得意ではない限り、顔に出てくる感情は読み取られると思ったほうが良いでしょう。つまり誤魔化しがきかないのです。

この意味で顔出しありよりかはコミュニケーションが楽だと言えます。

 

透明性が高く担保があり信用できるという印象を与えられる

 顔出し配信をするということは、「個人を特定できる部位である顔を全世界に向けて配信すする」ということです。

つまり、「危ないことやまずいことはしません」と暗黙に言っているようなものなのです。もし事件を起こせば顔写真付きで個人情報をネットで拡散させらされたり、ワイプの背景を見て特定マンが沸いたりして家凸されたりして大変なことになりますからね。

ですから、わざわざ顔を出して視聴者の監視下に入れば視聴者は配信者に対してある意味信用できるといった印象を抱く可能性が高いと思います。

そして、前項でも書いた通り感情の誤魔化しがきかなくなる可能性が高いので、配信者の感情表現の透明性が上がるとも言えます。つまりより現実のコミュニケーションに近づきます。わざわざネットの世界で現実のコミュニケーションをしようとしているわけですからね。

 

ゲームプレイ中に真顔になってしまうことについて考える

別に真顔でもいいんじゃないかな?

(先に私の結論を書いておくと「表情は基本的には動かしたほうが良いが配信の方針によっては真顔が多くても問題ない」です)

プレイに真剣になってしまうとどうしても真顔になってしまう時というのは往々にしてあると思います。私も基本的に真顔になっていると思います。しかし真顔でも問題ないと私は思っています。では聞きます。

 

「なぜ真顔になってはいけないのか?」

 

この問いについて考えられる回答は概ね

 

「変化がなくてつまらない」

 

ということだと思います。この回答は確かにもっともらしく聞こえますが、ケースバイケースだと思っています。 

例えば真剣なプレイングを配信での基本方針としているトッププレイヤーがいるとしましょう。その人は顔出しもしていますが基本真顔です。しかしここに表情の変化は必要ですか?彼らは真剣にやっているところを配信し、そして視聴者は真剣にやっている人とその人のプレイングを見に来ているのであって、その人が表情を変えるところを見に来ているわけではないでしょう。まあ、プレイしていない時で視聴者とコミュニケーションをとっている時は、表情を動かしてあげるのは一種のファンサービスとして機能すると思います。

 

そして今度は雑談をメインにしている人の配信を例にあげましょう。雑談ですから笑いを交えた配信になると思います。しかしその人は顔出ししてはいますが表情に乏しい。

こういう場合こそ「変化がなくてつまらない」という言葉が当てはまるのではないでしょうか。雑談メインですから配信内容に会話、つまりコミュニケーションを多く含むはずです。コミュニケーションにおいて無表情というのは良くはないでしょう。相手の表情が分からないとどう感じているのかわからずに不気味であったり怖いといった印象を与えることがあります。そして何よりコミュニケーションをとっているといった実感が沸きません。そうなってくると

 

「雑談メインのくせになんかつまんねーな」

 

という風になるのではないかと思います。視聴者は配信者と雑談をしに来ているのに当の配信者が上手くコミュニケーションが取れないわけですからね。視聴者が離れていくのは順当ということになってしまいます。

この場合声だけで雑談をやっていけるのなら声だけの方が良いでしょう。それか表情筋を鍛えて出直すか、「表情筋を鍛えるためにも」という方針も加えて「視聴者に表情筋があまり動かない理由と動くようにするための雑談配信でもある」ということを最初から視聴者に伝えていれば、ある意味先回りで予防線を張れて表情筋が動かないこと自体をネタに話すこともできたりするので、顔出ししても大丈夫だと思います。

 

ここまで長い例で説明してきましたがまとめますと、

 

ゲーム配信は視聴者と配信者とのコミュニケーションを多く含むもので、当然配信者は表情が豊かであることに越したことはありません。しかし、だからといって無理に表情を変える必要はなく、配信の基本方針によっては真顔が多くても全然問題ないと思います。そして表情変化が必須な基本方針にしている場合はしっかり表情を動かさなければいけないと思います。

 

表情が豊かでないといけない人はどうすればいいのかな?

それでは表情を動かさなければいけない方針にしている人はどうやって真顔になるのを回避すれば良いのでしょうか。特にゲームをプレイしている時が一番真顔になりやすいでしょう。

ですので私なりの回答を挙げますと

 

「反応できそうなイベントを発見及び作れたらその度に反応する。」

 

これに尽きます。

私はワールドオブタンクスというゲームの配信をしており、そこで気を付けていることを挙げると、

・味方が敵にダメージを与えたり撃破したら「ナイス!」など誉め言葉を言う

・自分が敵にダメージを与えたり撃破したら「よし!」「やったぜ」など嬉しい気持ちであるることを表現する

・味方や自分がダメージをうけたり撃破されたら「まじか~」と悔しい気持ちであることを表現する

・プレイ中に付いたコメントもしっかりと拾って反応する

・自分や味方や敵がやろうとしていること、やっていること、やってしまったことの解説を交えて感情を表現できるポイントを作る

・一緒にVCを使ってプレイしている人と会話する

 

思いつくのはこれぐらいですね。

まあ、どれだけ気を付けてもプレイ中に真顔の時間を完全に0にするのは厳しいどころか多分無理でしょう。さすがに感情を放出しっぱなしにはできないと思います。

感情をある程度出したら落ち着きたくなる時間が来ますし、ずっと感情をひねり出し続けるなんて難しいですし、というかそもそもゲームに集中したいですよね。そういう時は真顔でも全然良いのです。例えば雑談メインだからと言ってゲームを真剣にやってはいけないなんていうことはありませんからね。表情を動かすべき時が来たら動かせば良いんですよ。それ以外では全然真顔でも良いと思いますよ。

 

人には人のペースがあるんじゃないかな?

逆にずっと表情が変化し続ける方が怖いです。人間ですから緩急があったり一時的に感情が止まったりとか、人には人の感情変化のペースがあります。ですから、確かにある程度は表情を動かしたほうが良いとは思いますが、自分のできる範囲内を超えて無理に頑張る必要はないと思います。

 

つまり気楽に気長にやっていけばいいと思いますよ。

 

おわりに

ここまで描いたことはすべて私の妄想です。

実際に顔出し配信をしている人に「顔出し配信とはなんぞや」と聞いたほうが早いと思います。

しかし、たまには顔出しをしたことがないけどそれには興味があって、「顔出しってどういうものなのかな~」と妄想してそれを記事にする人がいても良いですよね。