かしこいに

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「チェルシーと考える:私と白人特権」は差別の裏側には必ず特権があると教えてくれる。

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「白人特権なんてないよ」

そういう白人程特権という金属バットを無意識の内にぶんぶん振ってホームランをかましてる。「へいへい白人様のお通りだ」とは思ってなくても黒人の集会に堂々と来れること自体が特権の行使だという指摘は確かにその通りだと蒙を啓かれた。日常での具体的な所作や言動から既に差別や特権の行使は始まっているのだ。

スーパーでとりわけ注意深く監視されない、外を出歩くときに危険を感じない、不当な理由で逮捕されない、不当な理由で刑期延ばされない、なんなら不正をしても逃される、そして不当な理由で殺されない。(女性差別の観点からも挙げると、ドアを開けて直接配達員とやりとりをしなければならない宅配が怖くてできない、犯罪者が怖くて夜は外に出られない、体を露出する服を着れない、エレベータが怖い電車が怖いタクシーが怖いなどの密室に危険を感じて怖くて無理、女性が営業に来たらつまり枕をしてくれると思われる場合があるなど、尋常ではないほどの不利益を被る。)

「不当なことをされない」ということ自体がもう既に特権なのだ。かっこよく言えば被不当行為排除権。(大抵の特権保持者が自身の権利に気付けないからこそあえて主体的な言葉にしてみた。本当は知らないうちに能動的に行使してるんだぜ的なニュアンス)

しかしそれは実際に自らが不当なことをされなければ気付くことは難しい。なぜなら被不当行為排除権保持者にとってその不当なことは縁もゆかりもない話だからだ。その上形式上では「差別はなくなった」訳だから公で差別を行うことは難しいから現代では巧妙に差別が行われている。それでより差別構造が見えにくくなっており、被不当行為排除権保持者はそれにに気付くことが難しいことをこのドキュメンタリーは教えてくれる。

 

そしてその構造はあらゆる差別においてあてはまる。

よく見る

「偏見なんてないよ」

「差別なんてしないよ」

とくれば

「だから安心して」

という常套句。そしてその数秒後に地雷を盛大に踏んで自爆するのはよくある話。そういう人ほど結構根深いものを抱えてる。どうすればいいかって?知らない。

当事者が目の前にいるのに自身が無知であることが分からない。分かったつもりでいる。だから意味不明なことを堂々と宣うことが出来る。じゃあなぜ分かったつもりでいられるのか?なぜそれほど自らを全能感に浸せるのか?

つまりそれだけ知識の幅が狭く、外に広がることなく内向きになっているということで、自己中心的なのは明白だろう。

なぜ自己中心的なのか?つまり自分さえよければ良いという価値観が自身の多くを占めている訳だが、じゃあ意識的でも無意識的でもなぜそういう価値観を内在させるに至ったのか?っていうと様々な問題が考えられる。

まあ想像してみれば理由なんていくらでもあるけど。差別をするのは主に男性で男性に関することを例に挙げる。

日本でもセックス至上主義で童貞じゃない奴は凄い、たくさんセックスをしている奴はもっと凄い奴だなんていう、女性差別を前提にその上に男性間のカースト制度があって、それで最下位のカーストにいる人が最上位のカーストの人に嫉妬して「自分は誰ともセックスできない可哀そうな人間だ。だから誰でもいいから女性は自分にセックスを提供するべきだ」なんていう女性差別極まりない発言を平気でしてしまえる男性が割といると思うし、「とにかく少なくとも付き合うとか知らんけどとにかく誰とでもいいからただとにかくセックスをしたい」って思ってる若い男性はめっちゃ多いと思う。(たまにツイッターフェミニストが批判してるのを見る。それだけ女性が危険に晒されるからね)

「どれだけ多くの女性とセックスできるかどうかが男としての価値の高低を決めるとかしょうもなっ」って思うよね?けど本気にしてる男はいるんだよ一杯。それも世界中。(セックス至上主義はそれはそれで恐ろしく根深い問題ではあるけど)

 

確かに差別に「無知」は重要な要因だけど、現実の状況に違和感を持てるかどうかっていうことも重要だと思う。 

「セックスしないと人として価値がないっていうなら、じゃあどうしてセックスしないと人としての価値がないんだ?

てなるのはたとえそこそこの教養を持っていても難しい。人は何かと正当化しちゃいがちだからね。

「沢山セックスできる人はそれだけ多くの女性と関わることが出来る、つまり社交性がそれだけ抜きんでていたり、人を楽しませることが上手いっていうことだからね。それに常に彼女を持ってるいてセックスしようと思えばいつでも沢山気持ちの良いことが出来る。それを男として秀でているっていう言わずに何て言う?」

みたいなそれっぽいことを言われたり、自分で自分に言い聞かせたりしちゃう。女性の視点がゼロだし意味不明だけど。真に受ける人は真に受けちゃう。

 

環境に慣らされてるとおかしいことをおかしいって思うことはそうそうできることじゃないよねっていうことをドキュメンタリーは親切に教えてくれる。

黒人と白人の温度差が分かる。女性と男性の温度差。LGBTQAと異性愛の温度差みたいにね。

 

閑話休題

アメリカは400年以上も黒人を差別してきた。そして数十年前、形式上では差別はなくなった。しかし、たった数十年で差別がなくなるなんてありえない、良くなった部分はあれど今も昔とそう変わらないと当事者たちは語っている。

例えばニュージャージー州の刑務所では白人と黒人の数の比率で黒人が白人よりも2、30倍も高かったり(アメリカで一番高い)、悪意のある制度によって不当にアフリカ系アメリカ人投票権を奪ったりなど、差別は巧妙に仕掛けられている。

 

差別って難しいよね。

山本太郎さんも言ってたけど、「一番身近な人から輪を広げて広げていくのが大事」っていうのは間違いない。けどじゃあどう広めていくかって言うのはとても考えないといけない。

関心のある人は解説をすればそれで良くて、違和感を抱えてるけど言語化できていない人も一緒に言語化するのを手伝ってあげれば良い。けど関心のない人、なんなら誤解している人、さらに言えば分かってて「誤解」してる人をどうやって取り込むか、難しいよね。

Twitterを見ててもただただストレスを発散したかったり攻撃性を示すことによって相手を疲弊させることで優越感を得たくて女性に意味不明なことを言って攻撃する男って一杯いるからね。

差別って難しいね。