かしこいに

大阪府在住の大学生。写真と読書の他、何でも楽しむ。

英語学習の方法と英語を学ぶ目的について

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どうも。

 

私は幼稚園児時代の頃から英会話を親に受けさせられ、小学時代は公文式、中学と高校時代は塾でも英語を勉強した。つまりある意味で10年以上英語を勉強してきたわけだ。しかし、大学生入学してから半年たってもなお、それなりに英語を話し、聞き、書き、ことは全くできなかった。日本語に訳しながら少しずつその訳した日本語を読むというダメっぷりであった。10年以上かけたにも関わらず英語がまともに使えるようにはならなかったのはなぜか。それは英語を学ぶ目的が錯綜していたから、そしてより良い方略を本気で探そうとも考えようともしなかったから。

 

今から述べる過去の経験は現在からの脚色が混ざっていると思うが許して欲しい。

 

幼稚園時代、親は私を「流行りに合わせて」英会話教室に通わせていた。もちろん文法なんて学習するはずもなく、ただ単語に対応する写真をみてこれはa appleとかa dogですよとかいうのを聞いたり自分でも真似て言ってみたり。大体その程度のことしかしていなかった気がする。英語学習最初の一年は英語というものが存在しているということを知るという成果のみで終わった。今思えばもう既にこの時点で英語学習は破綻していた。上の赤字、つまりどうすれば英語ができるようになるか、そして英語を学ぶ目的という2つの問題を完全に無視していたからだ。当時の私はそれらについてウンウン悩める程頭が良くなかったし、ただ通わされているだけなこともあってテキトーにナアナアで受けているといった感じだった。

 

次に小学時代の公文式、各文法項目ごとに分けたプリント形式でこの文を日本語に英語に訳してくださいとか、英語を並べて文を完成させてくださいというのと、少しのリスニングだった。比率で言えば4.5 : 4.5 : 1といった感じだろうか。小学1年から5年まで、ずっとこれ「だけ」を続けた。当時英検という目的があり、小3で英検4級、小4で3級を取った。このときに少しだけ文法についての知識が頭に入ったことは英語への慣れという意味で役に立ったと思う。とはいえこの五年間、SWRLの内3級程度にRとLがほんの少し向上しただけだった。英語学習の目的を見誤った結果である。英検は目的ではなく指標であるべきだった。

 

中学時代、市立中学と塾で英語の授業を受けた。当然文法以外の項目を教わることはなかった。そして定期テストと高校受験という目的の範囲内でしか勉強しなかった。やはりこの3年間でもSWRLの内Rだけがほんの少し伸びただけだった。

 

高校時代、ある私立大学受験を目的にした。私立学校と塾ではさらなる高度な読解、大量の単語の暗記などが行われた。この3年間でもやはり主にRが向上しただけであった。

 

端的に言って、英語ができないままで当たり前のようなやり方と意識でしか英語を勉強してきこなかった。以下に、以前自分がしていた学習方略の問題点を自分でわかる限り箇条書きで挙げる。

・まずもって明確な目的がなかったこと。ゴールがなければスタートもない。常にブレブレであやふやであった。英語はただの受験科目、テスト科目の内の一つでしか無く、点数にしか興味がなかった。この程度の意識の時点でお察しである。

・まず英会話から学習を始めたこと。文法を学ばずにいきなり英会話から始めるのはどうかしてた。まず始めるべきは発音、その次に文法であった。

・発音を学ばずにいきなり文法に入ったこと。これはつまりカタカナ発音のまま英語を学ぶということである。これほど恐ろしいことはない、のだがそれをやってしまった。今もカタカナ発音の矯正に苦労している。

・文法だけでなく同時にリスニングやスピーキング等音の面での学習を怠ったこと。最悪としか言いようがない。

・高校時代、読解さえできれば「英語ができると言える」という謎の信念を持っていた。読解しかしてこなかった私は読解以外には何もできず、そういう自分を肯定するための防衛機制が働いてそうなった。それに私立大学受験でしかもあまりレベルの高くない大学を志望していてWもLもSもなかったのが相まっていますますその信念を強くしていった。井の中の蛙大海を知らず。臭いものには蓋。

・ちゃんとした計画を立てた学習法を自分で確立しなかったこと。学校の先生や塾の講師やネットにほいほいのせられて何度も学習法や教材の鞍替えをした。先人の知恵を借りるのは良いがいくらなんでも短期間で変えすぎた。言語学習は長期間一定の負荷を持つ学習を継続してこそ意味があるのに。

 

なんとなく支離滅裂になってきた気がする。だからとりあえず骨子は

・明確な目的は必須

・常により良い方略を探し続けることは必須

の2つであることを分かっていただければ良いです。

 

さて大学に入学してから一ヶ月ほど立った頃、私は悩んでいました。アメリカやイギリスの文化に興味が湧き、それに英語という言語そのものにも興味がわき、しまいには日本語に翻訳されていない英語で書かれた本を読みたいという欲がでてきたのです。これらの欲や興味を包括して目的化するなら、

日本語とは全くタイプが異なる言語、つまり英語の世界をできるだけ日本語を廃して英語だけで堪能したい。

「この日本語を廃して」というのは日本語を使って英語を解釈しようとすればするほど間違った解釈へとずれていくからです。例えば単語帳、あれはできるだけ英語の意味に近いであろう日本語を選んでるだけなので、イコールではないのです。だから使う時は注意が必要です。それに細かなニュアンスも各自で調べる必要があリます。このように英語の感覚や世界観、物事の見方を理解しなければ日本語によってこれらが歪んでしまう可能性があるのです。ですから「日本語を廃して」という言葉を使いました。

まあ、興味や欲がでてきた理由は単純に講義や本を読んで惹かれたからというごく単純なものですが、まあそれはさておき、このために受験をおえてからやめた英語学習を再開しようとしたのですが、流石にこの時の私は少しだけバカ成分が抜けていたので明確な目的と綿密な計画をたてて学習をすすめました。そう!その計画の根幹をなしていたのが

英語上達完全マップ

なのです!!!

この学習法は当時私にとって画期的でした。SWLRの全てをカバーしているではありませんか!おまけにボキャビルのやり方もついてくる!最高の学習法だ!等と有頂天になった私は発音の学習と並行しながらこの学習法に沿って学習していくのでした。しかし他の学習法を吟味せずひとつだけを見て決めるという安直で短絡的な癖はまだ抜けていなかったようです。

 

英語を英語で理解し、英語で考えて英語で話す(もちろん英語の発音で)、これが私の今の目標です。学習開始から数ヶ月後、この目標を抱いた瞬間、この学習法に違和感を抱き始めました。その違和感の内容を箇条書きで列挙します。

・瞬間英作文について。あれは日本語を英語に訳してるだけで英語を話している、英語で考えているとは程遠い。「どんどん瞬間英作文」のどの文も1秒程度で訳して英語で言えるようになったがそれで英語が少しでも楽に話せるようになったかと言えばNOと言わざるを得ない。 いざ英語で考えて英語で話そうと思っても何もでてこないではないか、この時点で早々に瞬間英作文を切り上げた。3ヶ月毎日一時間半位必至反復練習したんですけどね、悲しいです。これは私の目的にはそぐう教材ではなかった。翻訳者を目指す人が使うべき教材なのではないだろうか。

・音読パッケージについて。決められた量より少し多めで継続してやったが効果があったかと言えば微妙と言わざるをえない。というか決められた大まかな基準の回数がそもそも結構少ないから効果は薄めなのだろう。現在やっているシャドーイングの方が短期間であっても遥かに効果がある様に思われる。

・文法について。また文法ですねはい。私は「フォレストの解いてトレーニング」を使ってちびちびと瞬間英作文をしていましたが先の項目と同じように目的にそぐわないのでやめました。

・精読について。私は「英文解釈教室」を使っていました。英語上達完全マップをやめても続けようかなあと思ったぐらいには面白かったです。パズルみたいな感じで面白いんですけどとにかく難解でした。結局は一周しただけでやめたんですけどね。一つやるだけで1、2時間かかるので他の学習法との兼ね合いでやめざるを得ませんでした。

 

などなど、様々な問題が起こり結局は自分で方法を確立するしかないと確信した。その方法を箇条書きで列挙していく。これはある程度文法ができているというのが前提にあるので注意してください。

多読。もちろん英語のままで理解する。分速150を目指してますが中々届きそうにないです。

シャドーイング。定番中の定番。2ヶ月続けるだけでもリスニングに多大なる効果がありました。

ヒトリゴト英会話。これは英会話の代理です。一定時間英語で考え英語でヒトリゴトを言うのです。案外頭使いますよこれ?試してみてください。外国人と話すほどではないとは言え難しいはずです。私は、まだ英会話ができるほどのレベルではありませんからね。まずはこれでという感じです。

文法。これはネイティブの感覚に出来るだけ近づくという意味合いが深いですね。ネイテイブは限定詞をどのような意識でどのようなときにどのような意味を込めて使ってるのかとか。何冊か本を読んできましたが中でも一億人の英文法は良いですね。

単語。一個一個覚えていくしかないですね。まず市販の単語帳は100%不要です。使いません。なぜなら覚えたり知る必要に迫られた時にしかそもそも人間は効率的な長期記憶ができませんし、英語の細かなニュアンスも覚える必要があるし、しかも英語のままで単語を理解するので使わないんです。偶に英英辞典の単語の解説がわからない時は英和辞典見ますけどね。

発音。ネイテイブの真似をするしかない。英語喉、英語耳、ジュミック今井のフォニックスをやって、今はシャドーイングで発音を鍛えてる。やっぱり難しい。

辞書。私はロングマンの英英辞典、ジーニアス英和辞典&和英辞典を基本的に電子辞書で使ってます。基本的に英英辞典で調べ、それでわからない時は英和辞典、それから英英辞典もう一回調べる、と言った感じですかね

 

などなどまだまだ改善の余地がありそうだが今はこれで頑張るしかない。